2007年9月30日日曜日

空の旅人 第1回

序  旅人の詩


意志とは、巡り行くもの。伝わり行くもの。
切ないもの。美しきもの。
醜きもの。哀しきもの。

そして、待ち望むもの。受け取るもの。
それにも増して…掴み取るもの。

漂い、儚いもの。
貫き、堅きもの。

臨み、運ばれし意志たちよ。
君の行く先に待ち受ける者がいる。

かき抱き、届けよう。
この身果てようとも。
君、望む限り…。




第1章 蒼の落日


CHAPTER,1  焦燥

深い蒼の夜だった。
空に散らばっている白い煌めきたちが、お互いの存在を確かめ合うように強く、弱く瞬いている。
「今日も何もなく終わりそうだな。」
様々な機材が埋め込まれている金属質のデスク上には、この部屋を含む円を描いた様な建造物全体の構造がパネルに映し出され、下部にNomalという表示が灯されている。
この部屋の中で、この建造物の一部は管理されているのだ。

そのパネルに少しの間視線を落とし、また遠くを見つめた。
視線の先、眼前には、巨大なウィンドウがある。
眼下には、回廊構造になっている建造物。そこから伸びる機械仕掛けのアームのような発着スペースに、それぞれの領域のマークを掲げた船が寄り添い、休息している姿を見ることができる。
だが、視線の先は、もっと先に向けられていた。

その先には、底知れない蒼がある。
そして、更にその先には。
現時点では、まだ誰も知らない未知の世界が有る。

いや、正確には「人類の中では誰も」と言うべきか…。

規則正しい微かな電子音の中、遙か遠くから、
「こちらは、第九星系 ブルーダリア。只今より、着船ポートを閉鎖します。各船の乗務員は、速やかに宿泊エリアへ移動してください。」
という女性の声でアナウンスが流れていた。
これが、些か無機質ではあるが、1日の無事終了を告げる天使の声である。
「やれやれ」
ふと我に返り、椅子から立ち上がった。
その時。
「おーい須藤、そっちの着船状況はどうだ?そろそろ切り上げてバーにでも行かないか?」
その場が突然明るくなるようなお誘いの声に、物憂げであった表情が和らいだ。
明るいブラウン系の大きな瞳を輝かせて覗き込んでくる。
この些か若い同僚のペースには、いつも何となく押され気味だ。
「了解。ちょっと待ってろ、ルイ。」
パネルに向き直り、監視をAutoに切り替える。
「でもなぁ」
少々戸惑いながら、言い淀む声が聞こえて、振り向いた。
「どうした?」
「やっぱり、今日は着替えてから行こうぜ」
耳が赤い。
この男、いつも頬より先に耳が赤くなるのだ。
恥ずかしい時は。
いつもは、気にせず制服で飲みに出かける男が、妙なことを気にするものだ、何か特別なことでもあるのだろうかと思いながら、
「了解。じゃあ、エントランスで待ち合わせよう。7時頃でいいか?」
と深く介入することは無い。いつものことだ。
ただ、これがあまりにも高じると、「冷たい」と非難の声を浴びることもある。
ただ、今日は本当に楽しそうだ。行けば聞かなくても判るだろうという浅い考えに、クルスは、次の一言を置いてスルリとドアを出た。
「わかった。じゃあ、7時にな!メンツには声掛けてあるから、せいぜいカッコつけてきてくれよ!」
「は?」
ドアを通り過ぎた瞬間に、実に楽しそうな含み笑いが見えはしなかったか。
「メンツ?いつものか?」
それにしては…。
嫌な予感がしたものの、約束してしまった以上、致し方無い。
「まぁ、いいか」
再度、パネルに目を落として、作業漏れの有無を確認すると、静かに管制ルームを後にした。

(作成/H19.09.21 AM2:07 校正/H19.09.30 PM10:47)